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バルバッコア、とは英語メニューを見るとバーベキューと書いてあったんですが、実際モノを見ると全く違ってたので、そのお話です。
今回は3人用のセットを頼んだのでそのお話です。

まずはソースとトウモロコシチップスがやってきます。
これは肉とスープの薬味です。
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お肉とスープが来ました。
バルバッコアとは英語ではバーベキューと訳されるようですが、メキシコにおけるバルバッコアは蒸し肉です。
そこに先ほどのソースをつけて食べます。
ソース一つ一つは結構酸っぱ辛いんですが、肉の脂と相まって、酸味も辛さもちょうど良くなります。
ソースそのものも、肉も、味の変貌ぶりには驚きました。
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上の写真のスープは、到着時は薬味が入っていません。
この時はかなり獣臭い、米とひよこ豆の入ったスープです。
そこに自分でライムを絞り、玉ねぎとコリアンダーの薬味を入れます。
するとこちらも大変身、途端に美味しいスープになります!
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バルバッコアとはアステカ時代から続く伝統的なお肉のご馳走用の調理法です。
蒸すためにもアガベの葉っぱを使うなど、こだわりポイントがたくさんある大変面白いもののようです!

ある日朝ごはんで頼んだ、チラキレスという料理です。
この卵の下には、ドンタコスのようなトウモロコシチップスが入っています。
スープ部分は緑色の、結構辛いです。
私は緑のスープを選びましたが、赤も選べます。
上からはチーズがかけられ、豆のシチューのフリホーレスと一緒に辛いスープをまろやかにしてくれます。
朝から食べるには少々辛い味で、正直ビールのつまみにしたい一品でした!
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まずは純粋にメキシコはアステカ時代から伝わるポソレ、というスープを食べに行ってきたのでそのレポートを。

ポソレは見ての通り真っ赤、スープ部分は中々に辛いです。
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スープの具は豚肉とトウモロコシです。
トウモロコシはそら豆みたいに大粒のものでした。
豚肉は部位を選べるので、私はあえて頭というのを選択してみました。
つまりモツスープです。
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これとは別に玉ねぎのみじん切り、スライスラディッシュ、レタスの千切りがついてくるので、それをお好みでスープに入れて食べます。
画像はレストランにあった完成形です。
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ここからはアステカの生贄の話をします。
グロ注意です。


かつてアステカ帝国では神様に生贄を捧げる儀式が、どうやら少なくとも月イチくらいのペースで行われていました。
アステカの人々は太陽やトウモロコシなど、豊作をから連想するいくつものモノや事柄を神として崇めていました。
そして、太陽は人々が努力(血や生贄を捧げる)することで毎日昇ってくるのである、という思想を持っていました。
生贄が死んだのは1回一人とは限らず、メインの生贄が神様のもとに行くまで護衛する人、奴隷、などなど様々だったようです。

神様への捧げ方(つまり殺し方)も捧げる神様によって様々だったようです。
・奴隷をピラミッドの頂上にある祭壇で生きたまま心臓を取り出し、心臓は神に捧げ、体はピラミッドの上から転げ落とす。
その後体を解体し、奴隷の持ち主が翌日以降ご馳走としてみんなで食べる。
心臓は神に捧げるパターン、神様の像に投げつけるパターン、神官がその場で食べちゃうパターンなど様々。

・美しい処女が生贄として選ばれ、神の化身として着飾らされ、もてなされる。
その後神様の前で踊りを踊っているときに首を落とされ、心臓は神に捧げられる。
彼女の肉は親族がご馳走として食べ、骨は彼女を慕っていた男性にあげる。

・サッカーみたいな球技をして、勝ったチームには名誉の生贄になる賞が与えられる。
ピラミッドの頂上で心臓を取り出され、体は死体置き場に置かれる。

・健康優良でイケメンの非の打ち所がない男性が一人、祭りの1年前に神の化身として生贄に選ばれる。
そこから最高の教養と教育を施され、またありとあらゆるもてなしを受ける。
教養の中には音楽も含まれており、笛の奏で方なども習う。
祭りの20日前にはこのために育てられた、これまた神様の名前をつけられた4人の美しい女の子を与えられる。
最後は1年間吹き続けた笛を壊しながらピラミッドを1段1段登り、頂上で心臓を取り出される。

・シテトペックという穀物と死と再生を司る神さまには、生贄の皮を剥いで儀式を行う。
指の先まで綺麗に剥がれた皮を神官がしばらく(どうやら20日くらい)身につけ、最後に腐りかけた皮を脱いで再生を意味する儀式をするところまでがセット。
生贄は生皮を剥がれるとか、殺してから剝ぐとか、諸説ある。
肉は例によって食べる。

・奴隷をもてなし、生贄の前には顔に薬を塗って気を失わせる。
生きたまま火になげこみ、息があるうちに取り出して心臓を神に捧げる。

奴隷、という記述があるように、アステカ帝国は生贄にするための人材を確保するため、他の集落を襲って領土を拡大し、人を確保していました。
花を摘むように人を確保するので、花戦争、と呼ばれていました。
しかし奴隷だけが生贄になるのではなく、ある一定の条件ではアステカの人々も生贄となっていました。
前述の球技で勝ったチームが生贄になるように、生贄になることは名誉なこととされていました。
まさに第二次大戦中の日本で赤紙が来たら名誉、みたいなのと同じようなものだと思います。
とはいえやはりみんな死ぬ運命なのは悲しく、古い文献にも「これから自らを待ち受ける運命を想って泣いた」という記述があったりします。

では殺す立場にある神官はというと、これまたこれも技術であり専門職だったようです。
胸を掻っ捌く人だけでなく四肢を抑える人一人ずつ、頭を抑える人、などそれぞれ分業されていたそうです。
特に心臓を取り出すのは心臓を傷つけないようサッと切って出して、湯気が立ち昇るホカホカの心臓を太陽に捧げる必要があったため、技術が必要となります。
神官は儀式の際には体を真っ黒に塗って悪魔に扮しており、民衆にはそれは神々しく恐れ多く映ったようです。

さて、なんでこのポソレスープのところに延々とこんなグロテスクなことを書いたのかというと、このスープ今でこそ豚肉が使われているものの、当時は人肉が使われていたからです。
現在豚肉が使われているのは、人肉に最も味が近いから、だそうです。

かつてアステカを征服したスペイン人は、重要な儀式を見せてあげる、と言われて見せられたのがこの生贄の儀式だったそうです。
もちろん彼らには衝撃でした。
さらに衝撃だったのが儀式の後振舞われたこのポソレスープだったそうです。

一説によるとアステカ帝国には人々を養うだけの十分なタンパク源がなかったと言われています。
なのでこの生贄の儀式はタンパク源確保のための合法的かつ効率的な手段であった、とも考えられています。
日本でも例えば卑弥呼と一緒に奴隷が生き埋めにされたという記述が魏志倭人伝に残っていますが、その後ハニワを代わりに使っているところを見ると、やっぱり効率が色々悪かったんだと思います。
そんな生贄がこうやってスペイン人がくるまでの数千年続いていたことを考えると、ただ殺すだけが生贄の意義ではなかったと考えられます。

先日人類学博物館の前の屋台で食べた、このメキシコタコせんのトラユーダを紹介します。
他の屋台を見てると、どうやらメキシコ南部オアハカのあたりの名物だそうです。

1枚35ペソ、場所が場所だけに観光地価格でちょっとお高めかと思います。
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このトウモロコシでできた巨大なせんべいみたいなものに、おばちゃんが色々トッピングしてくれます。
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これが完成版!
一番下には豆を煮込んだシチュー、チリソース、パクチー、チーズが乗っていて、サイズもでかいし割とお腹にたまります。
まず、土台の豆のシチューがめちゃくちゃ美味しいです。
豆ってすごく旨味のある食べ物だと思うんですが、これも本領発揮と言った感じです。
塩気のないチーズがまろやかさを増幅し、そこでさわやかな刻みパクチーとグリーンチリのソースがピリッといい仕事しています。
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