酔う子のユーラシア大陸お散歩ログ

ソムリエで料理研究家の酔う子が自由気ままに世界で飲み歩く様子をお届け

タグ:インカ

ウロスから約2時間半、チチカカ湖で3番目に大きい島タキーレ島に来ました。
ここは浮島ではなくちゃんとした島です。
ここでは約2000人の島民が農業を営んでおり、毎週日曜にはファーマーズマーケットで島外からもたくさんの人が訪れ、大いに賑わうそうです。

今回チチカカ湖の島巡りだからトレッキングはないとタカをくくっていましたが、アンデスはそんなに甘くないです。
島の低い部分へ約200段ほど登ります。
ワイナピチュ登山に比べたら全然楽です。
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登ったところにはインカの遺跡があります。
そこから島の高い部分まで平坦な道を歩き、お昼ご飯を食べます。
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お昼ご飯はチチカカ湖で取れたサーモンでした。
こちらはムニャ茶(Mate de Muña)が有名だそうです。
とりあえず全部普通だったので割愛します。

ここからはまた船着場まで下山します。
チチカカ湖を臨むこのアーチがフォトスポットだそうです。
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船着場の水は大変澄んでおり、沿岸部と大違いなほど綺麗です。
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さて、ここからまた2時間半船でプーノに戻ります。
雨季なので途中雨が降ることまでは予想していましたが、まさかこれほどチチカカ湖が荒れに荒れるとは思いませんでした。
基本的に酔ったりはしない私ですが、1時間半も大荒れの湖で揺れまくる小舟に乗ると、げろげろしないまでも生まれて初めて船酔いを経験しました。

プーノからはチチカカ湖に綺麗な虹がかかって見えました。
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チチカカ湖沿岸の町、プーノに来ています。
チチカカ湖はペルーとボリビアが半々くらい所有しています。
完全に神話枠ですが、太陽神インティが自身の息子(諸説あり)であるインカ帝国初代皇帝マンコ・カパック(Manqu Qhapaq、素晴らしき礎の意)をこの地に遣わせた、という話があります。

また、チチカカ湖は浮島ウロスでも有名です。
プーノの桟橋からウロスまでだと10ソルで行けるようですが、今回私はウロスとタキーレ島の2島めぐりで昼飯ホテル送迎付き50ソルで予約しました。

ウロスまでは岸から30分ほどで行けます。
ウロスに近づくと水草トトラが生え始めます。
岸の方はまだ水が汚いです。
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ウロスに来ました。
ウロスとは100近い数の浮島の総称です。
1つの浮島に5家族ほどが住んでいて、幼稚園や小学校の浮島もあるそうです。
浮島はトトラを生やした地面の上にさらにトトラを積み上げて作ります。
これが20年ほど持つそうで、20年経ったら新しく浮島を作るそうです。

ここが私的ハイライト。
このトトラ、根元の白い部分はなんと食べれます。
水草独特の、四国にいた時に刺身のツマとして出てきていたミズイモという野菜に似た味と食感でした。
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ここに暮らす人々は、主に観光と漁業で生計を立てているそうです。
だいたい1つの島に週1で観光客が来るようです。
人々は織物やトトラ細工でお土産物を作っています。
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あとはトトラ製の観光船を運行させています。
この観光船、一人たったの10ソルで乗れます。
私何も買わなかったからむしろ20ソルくらい徴収してほしい気持ちです。
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マチュピチュで仲良くなったアメリカ人のおっさんが教えてくれた、異世界への扉Aramu Maruに行ってきました。

おっさん曰く、
我々の世界と並行して存在する異世界がある。
その文明はアガルタと呼ばれており、そこには我々より高度な知能を持った人々が住んでいる。
基本的にアガルタの住人は我々の世界の人間と交わることはしたがらないが、この世界から選ばれしものだけが選ばれし場所からアガルタに行くことができる。
行ったら二度と帰ってこれない。
その選ばれし入り口の1つがこのチチカカ湖沿岸にあり、Aramu Maruである。
というムーに載ってそうなトキメキストーリーを語ってくれました。

クスコから夜行バスで7時間、チチカカ湖沿岸の町プーノに到着しました。
プーノのバスターミナルから南に5ブロックほど歩くと、長距離コレクティーボ乗り場があります。
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ここからフリ(Juli)という町に行くコレクティーボに乗り、運転手に途中のAramu Maruで降ろしてもらうよう頼みます。
コレクティーボは5ソル(160円)です。
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プーノから約1時間、Aramu Maruの近くに着きました。
マジで人もいなければ畑しかありません。
隣では羊が草食ってます。
とりあえず運転手さんが指差した方向に歩きます。
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この場所には複数名前があるようで、Willca Utaというのもその1つだそうです。
この辺りでウロウロしてる人に入場料5ソルを払います。
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そこからすぐのところにありました!
でも扉と言っても溝があるだけでちゃんと岩を置いてるわけじゃないんですね。
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ここの溝が意味深でそそります。
真ん中の穴みたいなのもなかなか好きです。
マチュピチュで会ったおっさん曰く、これが鍵穴らしいです。
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ここからは路上でコレクティーボに手を上げて、止まってもらって乗せてもらいます。
これがまたなかなか来なくてめちゃくちゃ不安になりました。

後からおっさんに聞いたところ、この扉の裏に色々壁画があったり洞窟があったりしたそうです。
そこの洞窟が別世界に通じてたとかいないとか。
私はどうやらアガルタの皆様には認めていただけなかったようで、アガルタには行けず、宿に帰ってきてこのブログを書いています。

ツアーの定番、お土産買わせる系の織物工場にきました。
モルモット(食べないらしい)とアルパカがいて、とてもかわいかったです。

織物工場、まずは毛の洗い方から紹介され、紡ぎ方、そこから染料を説明します。
だいたいメキシコ同様のプロセスでした。
洗うときは洗剤になる木を使うとアルパカの毛が真っ白になります。
紡ぐのは女性が子守しながら糸紡ぎをくるくる引っ張ります。
染料はメキシコとほとんど変わらず、サボテンにいる虫とか、トウモロコシ、各種植物でした。
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織るプロセス。
ショール1つ3カ月かかるそうです。
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織り上がったテーブルランナーは、ちょうど着物の帯に使えそうなサイズでした。
私のもってる地味目な大島紬か、紺の結城紬に合わせたいです。
これがポリエステルか絹なら買ってた。
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次にマラスの塩田!
これが一番絶景だったかもしれません。
ここは入場料10ソルのところです。
塩づくりは乾期に行うため、雨季の今は特に何もないしていないそうです。
労働者は雨季の間は農業(通常じゃがいも)を育てるそうです。
ここは休火山で温泉が湧いており、その水を塩田にひきます。
塩は土壌に含まれる塩を浮かせます。
アンデス岩塩のピンク色は、この土地の赤土のミネラルの色だそうです。
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バスで上から見た塩田。
ここには3800もの塩田があるそうです。
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車を走らせオリャンタイタンボまで来ました。
私にとっては戻ってきた、という感じです。
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こちらの飾り棚のようになっている壁は、普段は飾り棚として機能していましたが、非常時には地震報知器の役目を果たしていました。
アンデスはかつて大変地震の多い地域だったそうです。
そこで地震を知らせる為の装置として、この飾り棚が考案されました。
この飾り棚、音がすごくよく響きます。
なので物を置いておくと地震の時に地ひびきがここで共鳴し、いち早く地震を知ることができるという仕組みです。
これ、正直日本も導入すべきだと思います。
多分スマホの警報より早いはず。
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次にやってきたのはピサックです。
こちらでも高低差を利用した農業研究がおこなわれていました。
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その畑の上に位置する建物は、基本的に要塞として使われていました。
下からだったら畑を使って簡単に登れるんじゃないかとおもったけど、車で30分近くかかって登ったのを人力で登ったらもう戦う気力もないだろうなと思いました。
要塞の一番上は天文台として利用はれていましたり
天の川の星の隙間の黒い部分(リャマの形だったりピューマの形だったり)を星座として読んでいたようです。
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その要塞の中にあったのはシャーマンの家。
この飾り棚の一番右は、ミイラを入れていたようです。
ミイラは体育座りで作られることが多いのですが、時折立位のミイラも作られていたようです。
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要塞横の谷の向こう側には墓地がありました。
しかしこちらも黄金を探したスペイン人によって荒らされてしまっています。
インカの人々にとっては黄金よりも、歴史が織り込まれた織物の方が価値がありました。
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ピサックの遺跡は大変大きく、山一帯に続いており、全部見ようと思うと1日かかります。

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