カテゴリ: 海外旅行

可愛くて有名なボカ地区のカミニートというエリアにやってきました。
ボカ地区がいいって聞いたから、バスで適当にボカ地区と思われるところで降りたけど、普通の街でした。
しかしこのカミニートと言われるエリアだけはこうやって華やかな観光地になっています。
だからボカ地区を目指す人は、ボカ地区というよりもカミニートを目指しましょう。
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元々労働目的の移民の多かったアルゼンチン、この辺りに労働者たちが住み着いたのが始まりだそうです。
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今では新進アーティストなんかがたくさんいるエリアになっているそうです。
そんなことよりすごいインスタ映え観光地だなと思いました。
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もうどこを撮っても絵になります。
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お土産物屋さんは、オーソドックスなお店も多いけど、この辺にあるアートなお店はなかなか工夫の凝らされた素敵な一点ものの雑貨が売られています。
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また、この労働者階級の人々が日々の慰めに生み出したのがタンゴであると言われています。
このへんで適当に歩いてたら、こんな感じで名物アルゼンチンタンゴを見ることができます。
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世界で一番美しいと言われるのが、このレコレータ墓地です。
墓地は大変広く、お目当のお墓を名簿から探すのも一苦労です。
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墓地といっても地面に十字架をぶっ刺したようなものとはちがい、メキシコの墓地のように建物のようになっています。
1つの建物の中に家族で入っていたり、1人で独占していたり、いろいろです。
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こうやって見るお墓は、お墓というよりももはや街のようになっています。
一つ一つの建造物に工夫が凝らされており、個性的です。
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奥にある教会では、棺運搬用のゴロゴロが置いてありました。
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この墓地の私のお目当一つ目がこちら、ルフィーナ・カンバーチェッレのお墓。
彼女は若く美しい時に突然死しここに葬られたのですが、あるときお掃除していたおじさんが、棺の蓋がズレているのに気づいたと。
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それがこちら、鉄格子の隙間から撮りました。
蓋を開けて見ると、棺の蓋の裏に引っ掻いた跡があり、顔は苦悶に歪んでいた、と。
本当か嘘かはわかりません、というのがこのお話です。
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そしてもう一つというかメインのお目当がこちら、エビータのお墓。
ドゥアルテ家のお墓として、家族でここに埋葬されています。
エビータの遺体は防腐処理をされて展示されたり国外に移されたりとめちゃくちゃ色々あって、今はこちらに落ち着いているそうです。
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扉には今でもお花が絶えません。
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エビータについての事柄はこちらのプレートにもぎっちり書かれています。
諸説あるけど私はエビータがとても好きです。
多分彼女が生きてたら友達になれるタイプではないだろうけど、学ぶものがたくさんある革新的な女性だろうと思います。
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マドンナ主演で作られた映画「エビータ」で有名なエビータ。
アルゼンチンで1946年から1952年で亡くなるまで、独裁者と言われた大統領フアン・ペロンの妻だった女性です。
この映画は私の大好きな映画の一つです。

彼女は田舎町で私生児として誕生しました。
本家とは色々差を付けられ貧乏な生活で、絶対ブエノスアイレスに行ってのし上がってやる、と心に決めたエビータは、15歳でブエノスアイレスにやってきます。
最初はカフェの女給から始まり、どんどん男性を取っ替え引っ替えしてのし上がっていきます。
ラジオドラマで大きな役どころを演じていた20代前半、ペロン将軍と出会います。
表向きはペロン大統領を立て、外交や慈善事業などをしますが、裏では贅沢三昧でした。
しかしエバ・ペロン財団による慈善事業の効果は大きく、国民はエビータを、つまりペロンを支持し、その支持は両名の死後である現在まで続いています。

ブエノスアイレスに到着し、地下鉄の駅を探しましたが全く見つからず、タクシーでホテルまで向かいました。
その道中見えた連邦政府庁舎には、大きくエビータの絵が書いてありました。
タクシーの運転手さんに、あれエビータやろ?!って言ったら嬉しそうに、写真取れるようにゆっくり走ってくれました。
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その裏にはペロンの絵が描かれています。
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アルゼンチンの大統領府カサ・ロサーダ。
「ピンクの家」という名前の通り本当にピンクでした。
映画エビータの撮影は、実際にここを使って行われたそうです。
中央上部のバルコニーの窓が開いており、それだけでなんだか嬉しかったです。
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そしてエビータ博物館。
ここには彼女の遺品などが展示されています。
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写真撮っていい箇所は結構少なかったです。
この写真はすごく写りの良い一枚だと思います。
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彼女の幼少期の写真が飾られています。
彼女の母は貧乏を気にしないで過ごせるよう努めていたようです。
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エビータの帽子やコスメの一部。
特にコスメは今見ても可愛らしいものばかりでした。
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洋服。
一部は再現のようです。
若く美しい女性なら着飾りたい願望はあると思うので、私はあまりエビータを責める気にはなれません。
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実際に使われていたらしいリビングの家具。
座って写真も撮れます。
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エバ・ペロン財団の看板など。
この財団では貧しい人々の生活支援や孤児院、学校の開設を行っていました。
また国内のみならず国外へも多く支援しており、終戦後どん底だった日本もその対象だったそうです。
彼女は男を使ってのし上がったため娼婦と言われることもあり、この財団は彼女にとっては表向きだけだったかもしれないけど、私個人はこの時代にこういったUNICEF的な動きをした彼女の行動力は大変素晴らしいと思います。
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男を使ってのし上がるタイプの人は、あまり女友達がいないイメージでした。
しかしエビータの映画では友達に別れを告げる一瞬があったりします。
ファーストレディとなってからも婦人会の結成などをしているところを見るとそうでもないようです。
おそらくただの男狂いではなく男をツールとして世渡りしてきた彼女は、あまりそんなことはなかったんでしょう。

彼女は若くして子宮癌を患い、死去します。
享年33歳だそうです。
私31歳もうすぐ32歳、まだまだ世界をぶらぶらします!

おとといはバスを逃しましたが、昨日無事バスに乗り、今日今さっきブエノスアイレスに到着しました。

バスは片道3700ペソ(しかしネットでチケット買ったので手数料が乗って4070ペソ)のCama席でした。
アルゼンチンの長距離バスは、フルリクライニング3列シートのバスのことをそう呼ぶみたいです。
夜は本当にしっかり爆睡できます。
前のモニターにはUSBチャージャーもついています。
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途中夕焼けがとてもきれいに見えました。
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このバスはなんと機内食が出ます。
キッシュっぽいもの、なかなか美味しいフランスパン、デザートが先に来ます。
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そしてメインはこのカネロニという名前のアルゼンチン式なんちゃってイタリアン。
アルゼンチンはイタリア系の人がたくさんいて、イタリアンのお店がたくさんあります。
しかしなんかよくわからない独自の解釈をされていることが多いです。
また別で記事書こうと思います。
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朝は朝ごはん的なものが来ました。
カップケーキとクッキー、別でお湯が来るのでコーヒーをつくります。
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そんな感じで超快適にブエノスアイレスに到着しました。
飛行機もそんなに高くないけど、荷物追加するとお金がかかるので、こないだのワイナリーツアーが高かったから1円でも節約したい民の私はバスに乗りました。
みんなプラットフォームはしっかり色んな人に確認しよう。

今日はブエノスアイレス行きのバスに乗るはずでした。
バスターミナルまで行き、言われたとおりプラットフォーム30から35の前でバスを待ってました。
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でもバスが来ないんですよ。
18時半のバスだけど18時半にバス自体着くのかな?
と思って焦らず待ってたんです。
18時半過ぎたくらいで係の人っぽい人に聞いたら、もう行っちゃったよ、と言われました。

仕方がないからバス会社の受付でゴネて代わりのバスとホテルを取ってもらい、メンドーサでもう一泊してます。
明日のバスチケットをくれ、と言ったらこの紙が出てきました。
本当にこれでいいのか、すごく心配です。
南極行きまであと5日、ブエノスアイレス到着を早めにしておいて良かったなと思いました。
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