酔う子のユーラシア大陸お散歩ログ

ソムリエで料理研究家の酔う子が自由気ままに世界で飲み歩く様子をお届け

カテゴリ: 海外旅行・Travel

猫さんたちが来てから1週間ほど経ったわけですが、当初思い描いていた猫ライフとはちょっと違っていました。
子猫は大変とか色々言われるけど、誰も具体的に何が大変なのか言わないので、うちの場合の大変を書いていきます。

まず金銭面。
餌代月5千円くらいとトイレの砂1000円くらいだよーとみんな言いますが、初期費用はそうはいきません。
猫は猫砂的なものがあればそこでトイレすると思ってました。
しかしうちの猫は用意していた猫砂が気に入らなかったこともあり、羽毛布団やら敷布団に2回くらいオシッコしてきました。
ボランティアさんから彼らの匂いが残ったの鉱物系の猫砂をもらって落ち着きました。
布団はうちで洗うからいいとして、また猫砂を買いに行ったり、トイレもう一個導入するお金がかかりました。
キャットフードも同様で、置いとけば食べるし、それでいいと思っていました。
しかし蓋を開けてみるとフードが合う合わないがあり、血便出したり猫のわりには軟便だったりと、最初買ったフードは使わなくなりました。
また、夜中とか明け方に走り回るので、騒音対策に床に低反発ラグを二重に敷きました。
百均のジョイントマットを1600円(9枚400円のがある)と、低反発ラグ3畳分で9100円でした。

飼い主の健康面もあります。
猫は夜明けと夕暮れ時にハッスルする生き物です。
だから夜とかマジで運動会します。
朝は起こされるし体の上とか走られるし蹴られるしで寝られません。
飼い主は仕事を始めたばかりだからしっかり寝たいんです。。
寝るまえの30分ー1時間は猫と遊んで疲れさせる時間です。
また、人間の食べ物に興味津々で、人間はおちおちごはんを食べていられません。
プルダックの激辛焼きそばですら、食べようとしてきます。
料理しようにもキッチンにいるだけで、なぜ自分たちはダメなのにお前はキッチンに入ってるのかと猫たちがワーワー抗議してきます。
私が一瞬でも見えなくなるとだめなので、トイレやシャワーもゆっくりできません。

猫さまたちにも健康問題があります。
ストレスなのか、餌が合わないのか、はたまた寄生虫やら感染症なのか、血便が出てます。
獣医さんに見せたところ、これは原因はもう少し様子を見ないとわからないと言われました。
また、その時血がついた便を持って行ったら、便も猫の健康体よりかなり柔らかめだそうで、私は初めて猫に薬を飲ませています。

画像は動物病院いって疲れた2匹。
こんな寝方普段はしないんですが、よっぽどだったんでしょう。
IMG_3164

個体差はあるらしいですが、ネットにかわいい画像が溢れている子猫のこれがほぼ現実だと思います。
誰も大変さを言語化していないので、私が今のうちに。

寝不足で猫心配すぎて、外出したら布団におしっこされるかもしれないという状況で若干ノイローゼの兆しを感じながら、仕事が始まりました。
前職が大変すぎたせいで、研修が充実して定時で帰れる今のお仕事はありがたいしかありません。
年収は前職と100万くらいしかかわらないのに、これだけ差があるなら早いとこ辞めておけばよかったと思いました。

旅ブログから猫ブログな内容になってしまいました。
こんな状況なのでお料理も動画編集も全くできていないです。
しかし10月くらいから旅の報告会をすべく、ちまちま準備をしております。
まずはブラジルあたりから、報告していこうと思っています!

おはようございます。
新居に引っ越し、バイトもあるし荷物も入れないとだし、もうすぐ猫来るし、バッタバタの日々を過ごしています。

今日は夏至ですね。
10年前わざわざ夏至を祝いにイギリスの果てまで行った話を書きます。

2010年、ストーンヘンジで毎年夏至の日にフェスをやると聞いて行ってきました。
私は大学4年生で、これから就職したら旅行も難しくなるだろうし、6月のわけわからんときに休みを取れるのは多分今後ないと踏んで行ってきました。

この時どこかの火山が噴火してヒースロー空港が閉鎖されていたので、パリからユーロスターでロンドンに行き、そこから電車で友人の住むブライトンに行く予定でした。
しかしパリ行きの飛行機(オランダ経由)が遅れに遅れ、パリに到着したのは夜遅く、ユーロスターに乗れずにシャルルドゴール空港で泣きそうになってマゴマゴしていました。
そこを同じ関西から来ていたお姉さまに助けられ、ご友人のアパートに泊めていただき、なんだか知らない人の結婚パーティーにも参加して翌日のユーロスターでロンドンに着きました。

夏至前夜の昼ごろ、ブライトンの友人の通う大学から出ているバスでストーンヘンジまで行きました。
バスの中でもりもりとStrongbowが配られて呑んで寝てた気がします。

ストーンヘンジに到着後、なんとか荷物検査を抜け(お手製ダウジングロッドが引っかかったけど入れてもらえた)、フェスゾーンに行きます。
ストーンヘンジは通常遠巻きに眺めるだけですが、一年に一度、この日だけは石に近づいて触ったり登ったりすることができます。
みんな思い思いの場所に陣取ります。
IMG_3039

ドルイドさんたちがお祈りしている場面もありました。
IMG_3040

みんな思い思いの楽器を演奏したり歌ったり踊ったりしています。
IMG_3044

石に近寄ってみたり、触ったり、なめたり。
IMG_3043

夜は日本の冬くらい冷え込みます。
厚手のダウンジャケットくらいないと激寒です。
足も冷えるので、シャカパンとか風を通さない保温性のあるものを履いていきましょう。
カイロも必須です。
日本だったら捨ててるレベルのまずい中華麺があったかいっていうだけで美味しかったです。

夏至の日の出。
ドルイドさんたちはお祈りしたり、音楽を奏でるヒッピーたちがいたり、思い思いに夏至を祝います。
IMG_3041

このフェスのためだけに渡英したけど、大変色々あって楽しかったです!
IMG_3042

世界三大仏教遺跡というのがあります。
世界もなにも、仏教はアジアにしか広がってないんだから当然アジアなんですが。
カンボジアのアンコールワット、ミャンマーのパガン遺跡、そしてインドネシアにあるのがこのボロブドゥール遺跡です。

ボロブドゥール遺跡に近いのは、ジョグジャカルタという街です。
マレーシアのクアラルンプールからジョグジャカルタまで飛びました。
ボロブドゥール遺跡は、遺跡送迎つきの日の出ツアー(たしか1万円くらいだった)を予約しました。

日の出前、まだ暗いうちから遺跡に登ります。
IMG_2989

日の出は、ジャングルにモヤがかかって、とても幻想的でした!
IMG_2990

石仏と一緒に記念撮影してみたりなど。
IMG_2991

ジョグジャカルタの物価は大変安く、ペラペラのTシャツ一枚ぼられた値段が400円くらいで、値切るのがアホらしくなります。
空港まで行くのもタクシーだけど500円くらいだったり、4つ星ホテルが1泊5000円くらいで泊まれたり、贅沢して現地にたくさんお金を落とすのが良いです!

2015年夏には、マレーシアとインドネシアに行きました。
インドネシアはジョグジャカルタへ、ボロブドゥール寺院を見ることをメインに行きましたが、もちろんご当地の怪しげなレメディーも試してきました。
それがジャムウです。

ジャムウ(Jamu)、というと、女性だとアソコがよく締まる怪しい石鹸をご存知の方もいるかもしれませんが、実際はインドネシアのハーブ療法を総称してジャムウと言います。

到着初日、お腹が空いて連れて行ってもらったレストランのメニューに見つけたJamuの文字。
なんか知らんけど頼むやで!と意気込んでやってきたのがこれ。
ジョッキになみなみと注がれた、なにか。
驚くことに熱々でした。
生姜と、巨大な砂糖の塊と、わかんない草がたくさん入ってて体にいいらしいです。
IMG_2982

翌日プランバナン寺院の構内でみつけたジャムウ屋。
もちろん迷わず入ります。
IMG_2985

メニューはこちら。
英語は1ミリも通じないから、指差し会話帳でがんばった注文。
覚えてないけどJahe Merahを頼んだ気がします。
Jaheというのが飲み物のことだそうです。
IMG_2984

やってきたのがこれ、やはり生暖かい感じの、生姜ジュースでした。
IMG_2986

喉が痛くなって駆け込んだ薬局で処方してもらったのもジャムウ。
右側の黄色いパウチには、ジャムウ的なスッとする咳止めシロップが入っています。
これはなんと新大久保のインドネシア食材屋でも買えます!
IMG_2983

ジョグジャカルタ中心部、マリオボロ通りの近くにあるベリンハルジョ市場には、ジャムウコーナーがあります。
わけのわからん草が山のように積まれて、傍らではおばさんたちが謎の液体を売っています。
そこで買った肩こりが治るお茶。
書いてある通りに袋の中身を全部鍋にぶちまけ、水も規程の量入れます。
IMG_2987

なみなみとすごい味のする液体ができました。
効いたかどうか覚えてすらないけど、味は今でも思い出したら涙が出てきます。
IMG_2988

この時たしか、お茶だけでなく、美容玉とか、顔に塗るやつとか風呂に入れるやつとか、色々買いました。
都市部に行くともっといろんな怪しいジャムウがたくさん売られているようです。

During the whole world trip, I have been throughracial discrimination against Asians in some countries. Since #blacklivesmatter thing is happening in all around the world, I would like to speak up about some of my experiences regarding racism. Just to mention these are only examples and I also had nice experiences.

The hardes country was Iran. Iran is one of the most beautiful and impressive country, I am so sad to tell the stories.
When I was walking on the streets, some boys yelled at me 'chin-chon-chan'. This is the word to tease Eastern Asians. The same thing happend to me at the passport control, in the shops and so on. Some people asked where I am from, obviously hating me, and they suddenly start to be so kind after I told them I am Japanese.

Turkey was also one of anti-Asian country. It is also very sad to tell this, since I have some good friends in Turkey.
Some people teased me saying 'chin-chon-chan' just like Iranians. It happened on the streets, in the shop, everywhere like Iran.
They also stop teasing me when they know I amJapanese.

Those two countries are part of middle east, but not Arabs. They hate to be called an 'Arab', but they do not care about others like Asian people. In my opinion, they categorize themselves as Europeans, even though they are Asians.

Historically Asians are classified lower than black people.
Brazil started to accept Asians instead of black slaves, because Asians were lower than black people, according to the Museum of Japanese Immigrants in Sao Paulo.

Before George has been killed, so many Asians got discriminated due to coronavirus. When the virus spread, people started to call (or yelled) me 'coronavirus', instead of Ni Hao. 

Why Asians do not say anything about this? Why only 'black' lives matter? It is not wrong to be any skin color.

このページのトップヘ