メキシコシティで見てきたティオティワカンをはじめとするアステカを代表する遺跡があひましたが、アステカの民族はメキシコ北部からきた民族だったそうです。
今私がいるのはオアハカ、メキシコ南部の地域です。
ここではアステカより古いサポテカ文明が栄えていました。
紀元前500年ごろから紀元800年ごろと、メソアメリカ最古と言われる遺跡の一つがモンテアルバンです。
市内からモンテアルバンへは旅行会社がシャトルバスを運営しています。
このLescasという旅行会社はソカロ広場の横っちょにあります。
1時間に1本バスが出ていて、往復80ペソ、500円しないくらいでした。
モンテアルバン遺跡は主に神殿で構成されており、山の頂上にあります。
見学できる場所はティオティワカンよりも狭いため、1時間あればゆっくり見て回れます。
ティオティワカンほどの疲労感もありません。
ここからオアハカの街を一望することができます。
街中からはバスでさえ30分ほどかかりました。
しかもかなり高い山の上にあり、まるで天然の要塞のようです。
当時の人々はどうやって市街地から移動していたのか、水や食料などはどうやって確保していたのか、疑問は尽きません。
多数の神殿やピラミッドが並んでいますが、まだ発掘中のため、入れないところや登れないものもかなり多いです。
神殿はテノチティトランから影響を受けた、という記述がありましたが、テノチティトランの創設が1325年であることを考えると、モンテアルバンがテノチティトランに影響を及ぼした、と考えるのが正しいと思います。
真ん中にある歪んだ建物は、天体観測所。
ここにいた人々は、生贄文化はなかったそうです。
生贄や、それに伴う食人まで行ったのは、アステカの人々のみだったようで、マヤにおいても生贄止まりで食べることはしなかったそうです。
豚や牛といった家畜はスペイン人によって持ち込まれたもので、それまでメソアメリカにはそういう動物はいなかったそうです。
私はサポテカの人々のタンパク質の摂取方法がとても気になります。
また、貴重なものがゴロゴロ出土している第7墳墓は、見学対象ではありませんでした。
ここで出土したものは、サンドミンゴ教会の隣の博物館で見ることができます。
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