最近まで私は、「アラブ」と「中東」を同一視していました。
しかし、トルコ人やイラン人から「アラブ」は嫌いだ、というようなリアクションを受けることが多かったので、まずは定義を調べてみました。

「アラブ」はアラビア語が話される地域、国、人を表す言語のくくりである。
「中東」とは、イギリスから見てインドより西、バルカンより東、といった地理のくくりである。

なので、例えばモロッコは、アラブだけど中東ではないようです。
トルコやイランは、中東だけどアラブではありません。
むしろトルコやイランは、民族的には自らを中央アジアくらいのくくりで認識しているようです。

ペルシャ語はたしかに文字は一部アラビア語とかぶっているため同一視されがちですが、それを言うとイラン人には「ペルシャ語にしかない文字もあり、言語形態も全く違うので、一緒にしないでくれ」と言われます。
トルコ語は現在でこそアルファベット表記ですが、所々アラビア語から影響を受けたであろう単語や文法用語があり、それをいうと「アラビア語っぽいんだ、、、」と大変悲しそうな反応をされました。
イランやトルコにとっては、「アラブ」とはどこか嫌悪するような存在であるような反応でした。

例えば我々日本の人や文化は、西欧をはじめとする諸外国では「アジア」というくくりで一緒にされがちですが、それによって嫌悪感や悲しみを抱くことは少ないと思います。
中学生くらいの頃ラストサムライの映画を見て、こんなの日本じゃねえ!映画にするならちゃんと調べてくれ!ハリウッドはその程度か、と思ったのを覚えています。
それは他のアジアへの嫌悪感ではなく、映画という記録に残すにあたり、日本と他のアジアの境い目をちゃんと調べてくれなかったハリウッドへの怒りだったと思います。

以下トルコについてです。
トルコ人の友人にアラブについて聞いてみたところ、
アラブ人は手で食べるし、すぐ散らかすし、文化含めて好きではない、という回答でした。
彼女は敬虔なムスリムというわけではないのでその為に余計にそう思うのかと思ったら、イスラム教への敬虔さとアラブ文化への反応は変わらない、とのことでした。
つまり、中東、アラブ、とイスラム教はほぼ関係ないようです。

トルコでは特にこの思想の裏側に、オスマントルコからトルコ共和国への変革を推し進めたムスタファ・ケマル・アタテュルクの影響が大きいようです。
現在イスラム教徒が大半のトルコでも、国教という概念をなくし、政教分離が進められ、女性のイスラムな服装の撤廃のみならず女性の参政権も世界でいち早く認めるほどの、世界的にも大変な大改革を実現しました。
トルコ語の表記がアルファベットになったのもアタテュルクの功績によるものです。
この改革により、未だに女性への服装・政治・文化的な差別が色濃く残るアラブと全面的に決別することになったようです。

我々は、アジアを区別しきれない他国の人はちょっと残念だという感想を持ちます。
多分中東とアラブを同一視する我々も、それと同じ、もしくはそれ以上の嫌悪感を持たれる可能性があります。
せめてアラブと中東の違いだけでも日本の学校で教えないと、世界から見るとLess Educatedの枠に入るくらい残念なことだと思います。